本田宗一郎の伝説~スーパーカブ誕生秘話~

爆発的な人気を生んだ大ヒット商品の数々は、ふとした偶然から生まれることが多々あります。ここでは、本田宗一郎がバイクの開発を始めた経緯やスーパーカブの誕生秘話について解説します。

本田宗一郎の伝説-きっかけは妻への思い-

本田技研工業株式会社(ホンダ)の創業者である本田宗一郎は、かつて戦後の荒廃していた時代に、毎日大変な思いをして市場まで買い出しに行く妻を見て、いつも不憫(ふびん)に思っていました。

ホンダ創業者の本田宗一郎(中央)
出典: honda.co.jp

そこで、少しでも妻に楽をさせてあげたい思いから、自転車に補助エンジンを取り付けた乗り物を開発しました。

妻への思いから誕生した補助エンジン付き自転車
出典: honda.co.jp

その後も妻を思い、乗り物の操作性が少しでも快適になるように工夫したり、できるだけ長く乗れるように燃費を向上させたりと、度重なる改良を重ねていきました。

ひとえに、妻のことだけを想い・・・。

本田宗一郎の伝説-スーパーカブの誕生-

やがて、妻が使用していた乗り物を見た人たちが、「自分にもあの乗り物を作ってほしい」と、次々に本田宗一郎のもとを訪れました。

本田宗一郎は、当初この乗り物を商品として売ることなど全く考えていませんでした。妻に楽をさせてあげたい思いが、偶然にも幸運を引き寄せたのです。

妻のために改良を重ねた技術の結晶は、ホンダのバイク「スーパーカブ」の誕生につながっていきました。

当時のスーパーカブの広告
出典: honda.co.jp

日本で空前の大ヒットとなったスーパーカブの人気は、やがて海を越えていくことになります。

当時の若者たちに大流行したスーパーカブ
出典: honda.co.jp

本田宗一郎の伝説-スーパーカブは世界へ―

日本で確固たる地位を築いたホンダは、次の目標として、アメリカ市場への進出を目指しました。

当時のアメリカでは、ハーレー・ダビッドソンに代表される大型のオートバイが人気を博していたため、ホンダもこの流行を取り入れて大型車を売り出そうとしていました。

日本の市場では、50ccのスーパーカブが売れに売れていましたが、アメリカの市場で需要がある大型車とは異なるため、当初はスーパーカブの販売を考えていなかったのです。

そのため、アメリカでのスーパーカブの役割は、ホンダの社員がロサンゼルス近郊の移動で使用することだけに限られていました。

ところが、です。 路上を走るスーパーカブを目にしたアメリカ人たちは、ホンダの社員にスーパーカブを売ってほしいと次々に懇願してきたのです。

おわりに

少しでも妻に楽をさせてあげたいという思いで作られた乗り物は、すぐさま日本中に広まりました。その波はやがて日本を越えて、アメリカをも席巻する人気商品にまで上り詰めまたのです。

どの分野の仕事であろうと、誰かひとりのためを考えて努力を続ける人たちを、世界は見放しません。努力して培われた技術や知識の数々は、多くの人たちの喜びにつながっていきます。

そして、本田宗一郎がそうであったように、ふとした偶然が皆さんに微笑んでくれるはずです。

[参考書籍]

1)西沢泰生「壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方」<アスコム>

2)知的創造研究会「ひらめきスイッチ大全」<日経ビジネス人文庫>

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