ヴィルヘルム・レントゲンによるX線の発見

ヴィルヘルム・レントゲンがX線を発見した経緯や第一回ノーベル物理学賞を受賞したことなど、その生涯について解説します。

ヴィルヘルム・レントゲンのプロフィール

ドイツの物理学者。当初は工学を学んでいたが、すぐに物理学に転向し、「電磁波や物質の熱伝導」「気体の圧縮率」など、さまざまなテーマで実験をおこなう研究者となる。

ヴュルツブルグ大学の学長となった50歳のとき、49本目の論文でX線の発見を公開。

X線の発見は瞬く間に報じられ、世界中を驚かせた。この功績により、1901年に第一回ノーベル物理学賞を受賞。

X線発見までの物理学史

1858年に、物理学者ウィリアム・クルックスは、助手と共に密封したガラス管の両端に電極を取り付けた真空放電管(クルックス管)を制作しました。

ウィリアム・クルックス(1832-1919)
出典:Wikipedia

真空に近いクルックス管の中で放電を起こすと、陰極付近の管壁が蛍光を発する現象を発見しました。

クルックス管内の放電による発光現象
出典:Wikipedia

発光の原因は陰極から放射される「何か」だと考えられ、その「何か」は「陰極線」と呼ばれるようになりました。

しかし、実体は不明で、多くの研究者が解明に取り組みました。

1891年に、物理学者フィリップ・レーナルトが、アルミ箔をつけたガラス管(レーナルト管)を制作し、陰極線を管の外に取り出すことに成功しました。

そこでは、蛍光板を窓から数センチまで近づけると、発光する現象が観察されました。

ヴィルヘルム・レントゲンによる陰極線の研究

ドイツのビュルツブルグ大学の物理学教授であったヴィルヘルム・コンラート・レントゲンは、物質の伝導率から気体や液体の圧縮率まで、さまざまなテーマで実験を続けていました。

ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン(1845-1923)
出典:Wikipedia

フィリップ・レーナルトの実験を知ったヴィルヘルム・レントゲンは、当時の物理学会でも注目されていた「陰極線」に研究のテーマを絞りました。

陰極線とは、真空管の中で発生する電子の流れのことを言います。1885年当時は、誰も陰極線の正体をつかめていませんでした。

ヴィルヘルム・レントゲンは、早速フィリップ・レーナルトに問い合わせて、レーナルト管を特注しました。誘導コイルを用いて1万ボルトの高電圧を発生させ、それをレーナルト管内の両極につなげば、陰極線が出るはずでした。

ところが、レーナルト管では、空気中に放出できる陰極線の量はごく僅かしかありませんでした。

「もっと高い電圧をかけないと、陰極線を大量に放出できない。」

しかし、レーナルト管には高電圧に対する耐性がありませんせでした。そこで、高電圧にも対応できるアルミ窓のない石英ガラス製の自作の放電管(ガラス管)を使うことにしました。

X線の発見<前編>

ヴィルヘルム・レントゲンはこの日、たった一人で実験をおこなっていました。1895年11月のその日は金曜日のため、助手はすでに帰宅していました。

微弱な陰極線を見逃さないために、黒い厚紙でできた箱でガラス管を覆い、陰極線を検出するためのシアン化白金バリウムのスクリーン(蛍光スクリーン)を用意しました。

部屋を真っ暗にして、ガラス管に高電圧をかけた時のことでした。

ヴィルヘルム・レントゲンがふと顔を上げると・・・驚くことに、ガラス管から50cm程離れた蛍光スクリーンが白く光っていました。

「なんだ、これは・・・!?」

ガラス管のスイッチを入れると、離れた位置にある蛍光スクリーンが発光し、スイッチを切ると、蛍光スクリーンから発光が消えました。

X線の発見<中編>

ヴィルヘルム・レントゲンは、蛍光スクリーンを発光させた正体が、陰極線でないことに気がついていました。

陰極線は、空気中では数センチしか移動できないことが当時から知られていました。

ここで、考えは一つに絞られました。

ガラス管は黒い厚紙でできた箱で覆っていたにも関わらず、離れた場所にある蛍光スクリーンだけを発光させたことから、その正体はモノを透過する性質をもち、かつ人間の目には見えない光を放っている!

ヴィルヘルム・レントゲンはこの時、蛍光スクリーンを発光させた正体は、何かまったく新しい未知の放射線に違いないと確信しました。

そこで、この放射線に未知数を意味する「X」と名付けました。

ヴィルヘルム・レントゲンは、後に100年の研究が必要だと言われる「世紀の発見」を、この日からわずか6週間で解明しました。

ヴィルヘルム・レントゲンは、蛍光スクリーンを発光させた放射線は、陰極線がガラス管に衝突したときに発生することを突き止めたのです。

X線の発見<後編>

その後、X線はボール紙から普通の紙、ゴムや板など、ほとんどの物質を透過することが分かりました。

X線が写真用フィルムの感光に役立つのではないかと考えたヴィルヘルム・レントゲンは、厚さの異なる物体を置いて放射線を写真乾板に照射してみました。

写真乾板は程度の差はあるものの、どれも感光しました。

そこで、妻に頼んで写真乾板の前に手を置いてもらい、短い間だけ放射線を照射してみました。現像した写真乾板をみて、ヴィルヘルム・レントゲンは驚きました。

ヴィルヘルム・レントゲンの妻の手を撮影したX線写真
(ヒトの肉組織は透過するが、骨や金属は透過しないことが確認できる)

出典:Wikipedia

ぼんやりとした手の輪郭が写っていただけでなく、見えないはずの手の骨の像と、はめていた指輪がくっきりと写し出されたのです。こうして、解剖学に革新をもたらした世界初のX線写真が完成しました。

1895年に発表した予備的検討論文「新種の光線について ― 試論」の中で、ヴィルヘルム・レントゲンは次のように記しています。

「放電管とスクリーン(写真乾板)の間に手を置くと、手の輪郭をしたうす暗い影の中に、もっと黒っぽい骨の影が見られる。」

X線の正体の解明

ヴィルヘルム・レントゲンは、X線の正体を最後まで解明できませんでした。

後にマックス・フォン・ラウエが、X線の正体は「光と同じ電磁波の一種」であることを明らかにしました。

第一回ノーベル物理学賞の受賞

ヴィルヘルム・レントゲンは、X線発見の功績により、1901年に第一回ノーベル物理学賞を受賞しました。

ヴィルヘルム・レントゲンは、人前が苦手だという理由で受賞公演は断りました。

また、X線は人類全体の財産と考え、自身が利益を得ることを望まず、特許は取りませんでした。

そうした配慮によって、X線の利用が世界中で急速に進んでいきました。

X線の他分野への貢献

ヴィルヘルム・レントゲンによるX線の発見から1か月も経たないうちに、外科医は骨折の診断にX線を使い、内科医は肺や胃の診断に使いました。

靴屋までもが、客の足に靴がぴったりかどうかをX線で計測した程でした。

また、X線の性質を利用して、物質、人体、天体など、さまざまな対象の構造を調べることが可能になりました。

分子の構造を調べる「X線構造解析」や天体が出すX線を調べる「X線天文学」など、数多くの研究分野に、X線は大きく貢献しました。

その後のノーベル賞受賞者たちの研究にも、X線が数多く関わっています。

ヴィルヘルム・レントゲンの好奇心

後年、ヴィルヘルム・レントゲンよりも先にX線を発見していたと主張する研究者が複数現れたそうです。

実際のところ、ヴィルヘルム・レントゲンが発見したものと同じタイプの発光を確認した研究者は大勢いたことでしょう。

彼らは放射線についての知識もあり、チャンスに恵まれていたにも関わらず、自分の研究内容とは違うと切り捨てたのです。

彼らの名が歴史に残っていないことからも、それは明白です。

自分の研究内容とは違うからと容易に切り捨てたりせず、余計な先入観にとらわれない好奇心をもっていたのは、ヴィルヘルム・レントゲンただ一人でした。

ヴィルヘルム・レントゲンはX線を徹底的に測定し、医師の診断に有効なツールの1つとして世に送り出したのです。

明らかになったX線の危険性

新しく発見されたX線は、医学界での利用が真っ先に始まりましたが、放射性物質と同様、その危険性が分かったのは、かなり後になってからのことでした。

ジョン・ホールエドワーズ少佐は、レントゲン写真の協力を申し出て多量の放射線を浴びた結果、片腕を失うことになりました。

ヴィルヘルム・レントゲンの幸運

初期のX線技師の多くが、後に腫瘍ができたことで、その危険性がはじめて明らかになりました。

それでは、ヴィルヘルム・レントゲンの身体は大丈夫だったのでしょうか?

写真乾板がX線を感知することを発見していたヴィルヘルム・レントゲンは、昼間に暗室を作って実験をおこなっていました。

その方法は、暗室の外でX線を発生させ、小さな穴を通してフィルムを感光させるやり方でした。

偶然にも、ヴィルヘルム・レントゲンが使っていた暗室の壁の材料には鉛が使われていました。鉛はX線を通さない物質の一つであり、そのことが健康に幸いしました。

X線撮影の技術は現在、医療のほか、空港での手荷物検査などにも利用されています。

ヴィルヘルム・レントゲンの名言

第一回ノーベル物理学賞の受賞時に「X線を発見した時、何を考えていましたか?」と問われて。

考えはしなかった。ひたすら実験を繰り返したのです

ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン

出典:藤嶋昭「時代を変えた科学者の名言」<東京書籍>

[関連書籍]

1)リチャード・ゴーガン(著)北川玲(訳)「天才科学者のひらめき36」<創元社>

2)ピーター・ムーア、マーク・フレアリー(著)小林朋則(訳)「図説 世界を変えた50の科学」<原書房>

3)藤嶋昭「時代を変えた科学者の名言」<東京書籍>

4)スペースタイム「科学史ひらめき図鑑 世界を変えた科学者70人のブレイクスルー」<ナツメ社>

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