チューイングガムの発明と歴史

ここでは、「チューイングガム」が誕生した歴史について解説します。

チューイングガムの起源

一般的に、チューイングガムは米国で開発されたものと考えられていますが、ガム状のものを噛む習慣の起源は、実は有史以前の欧州にさかのぼります。

古代ギリシャ人が噛んだガム「マスティック樹液」

古代ギリシャ人は、「マスティック樹」の樹液である「マスティック」を噛む習慣がありました。

マスティック樹
出典:magazineworld.jp

マスティック樹液
出典:herbies.com.au

アステカ時代のマヤ人が噛んだガム、「チクル」

アステカ時代のマヤ人は、「サポジラ樹」の樹液である「チクル」を噛む習慣がありました。

サポジラ樹
出典:Wikipedia

サポジラ樹の樹液であるチクル
出典:kinomemocho.com

アメリカの先住民族が噛んだガム、「スプルース樹液」

アメリカの先住民は、「スプルース樹」の樹液である「スプルース樹液」を噛む習慣がありました。

スプルース樹
出典:wood.co.jp

世界初の市販ガム「スプールガム」の誕生

1848年に、米国人のジョン・カーティス(カーティス)は、スプルース樹液を原料にした世界初の市販ガム「スプールガム」を発売しました。

さらに、カーティスは甘みを加えた「パラフィンガム」を発売して、「スプールガム」を凌ぐ人気を博しました。

その後、現在のガムの形に最も近い「チューイングガム」が、別の人間の手によって誕生することになります。その背景には、ある偶然が関与していました。

チューイングガムの誕生

メキシコの軍人にして政治家でもあったアントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ司令官(サンタ・アナ司令官)は、タイヤなどに使用するゴムの代替品を製造したいと考えていました。

アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ司令官(1794-1876)
出典:Wikipedia

そこで、サンタ・アナ司令官は、米国人発明家のトーマス・アダムス(アダムス)にチクルでゴムの代替品を作るよう依頼しました。

アダムスは、チクルを使って実験を試みましたが、結果は失敗に終わりました。

しかし、この「実験の失敗」こそが、ある偶然を引き寄せるきっかけになりました。

大量に残ったチクルの処分に困り果てたアダムスは、サンタ・アナ司令官が乾燥させたチクルの塊を噛んでいたことに目をつけ、チクルに甘い風味をつけた「チューイングガム」を作ることを着想しました。

こうして1871年に、アダムスは開発したチューイングガムを、ニュージャージー州のドラッグストアで大々的に売り出しました。

ほどなくして、ガムは何種類ものフレーバーが開発され、新たな一歩を踏み出しました。

1871年発売当時のチューイングガム広告
出典: Wikipedia

ミント・フレーバーの誕生

1880年代に、菓子屋を営んでいたウィリアム・J・ホワイトは、「コーンシロップ・砂糖・ぺパーミント」をガムのフレーバーにするアイデアを着想して、「ミント・フレーバー」が誕生しました。

ミントフレーバーのガムは爆発的なヒットを記録し、この成功で、ウィリアム・J・ホワイトは大企業の社長に昇りつめました。

風船ガムの誕生

1928年に、アメリカのフィラデルフィアにあるガムの会社で、ウォルター・ディーマー(ディーマー)がチューイングガムを改良していた時のことでした。

別のことをしていた時、偶然にもガムが風船のように膨らんだのす。風船ガムは、失敗から誕生したガムでした。

出来上がった風船ガムをためしに売ってみたところ、用意したガムはすべて半日で売り切れました。風船ガムはたちまち人気商品となり、その人気は世界中に飛び火しました。

失敗から生まれる偶然を見逃さないこと

実験の失敗から誕生したチューイングガムは、全世界に広まり、子供からお年寄りに至るまで、様々な世代に愛される嗜好品になりました。

忘れないでください。失敗から生まれる偶然にこそ、成功につながるヒントが隠されているのです。

[参考書籍]

1)ベイ・イケンソン(著)村井理子(訳)「こうして特許製品は誕生した!」<二見書房>

2)ジャック・チャロナー(編)小巻靖子・松浦弘・安藤貴子・プレシ南日子(訳)「人類の歴史を変えた発明1001」<ゆまに書房>

3)ジョン タウンゼンド(著)吉井 知代子(訳)「科学者たちの挑戦 ― 失敗を重ねて成功したウソのようなホントの科学のはなし」<ゆまに書房>

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