ケロッグ博士によるシリアルの発明

ジョン・ハーヴェイ・ケロッグことケロッグ博士が、偶然によってシリアル「コーンフレーク」を発明した経緯について解説します。

ケロッグ博士の略歴

西暦   齢 主な出来事
18521アメリカ合衆国ミシガン州バトルクリークに生まれる
187523医学学位を取得
187624セブンスデー・アベンチスト教会のサナトリウム(療養所)の所長として就任
189745弟のウィルとともに、コーンフレーク会社「バトルクリーク・トーステッド・コーンフレークカンパニー」を設立
190654コーンフレーク会社の経営を巡って兄弟で対立
弟のウィルが独立して「ケロッグ社」に社名を変更
190755セブンスデー・アベンチスト教会から除名処分を受ける
194391永眠

ケロッグ博士によるシリアルの発明

1876年、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ(ケロッグ博士)は、アメリカ合衆国のミシガン州でセブンスデー・アベンチスト教会が運営する療養所の所長に就任しました。

ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ(1852-1943)
出典:Wikipedia

ケロッグ博士は、敬虔(けいけん)なるクリスチャンとして、厳格な人柄で知られていました。

一方、弟のウィル・キース・ケロッグ(ウィル)は、兄のケロッグ博士とは正反対の性格であり、自動車や機械の修理工として気ままに働いていました。

また、器用なウィルは料理も得意でした。毎朝自分で温めた穀物と麦、コーンを朝食にとり、仕事に出かけていました。

そんな1895年のある朝、ウィルはオーブンに朝食の余りを置き忘れたまま、仕事に出かけてしまいました。

オーブンに置き忘れたことで、こんがりと焼き上がった朝食を発見したケロッグ博士は、つい味見をしてしまいました。

「いけるじゃないか!!」

口に入れた瞬間、そのあまりの美味しさに驚きました。かくして、ケロッグ博士は調理と試食を重ねた末、ついに朝食用シリアルを完成させました。

当時、冷たい朝食シリアルは、馴染みのない食べ物でしたが、ケロッグ博士は療養所を訪れる患者たちにシリアルを勧めました。

性欲が健康を損なうと考えていたケロッグ博士は、診察していた患者たちの性欲を、シリアルによって抑えられると考えたのです。

シリアルの商品化とケロッグ社の設立

シリアルが商品化されて利益を生むと、ケロッグ博士は妙なことに夢中になりました。敬虔なクリスチャンであったことも影響したのか、近くの療養所の経営者と寄付合戦を始めたのです。

シリアルの儲けをせっせと寄付につぎ込むうちに、ケロッグ博士が経営を始めた穀物会社どころか勤務していた療養所の経営も赤字になりました。

見るに見かねた弟のウィルは、ケロッグ博士を説得して、1906年、新たにウィルの主導でコーンフレーク会社「バトルクリーク・トーステッド・コーンフレークカンパニー」を設立しました。

ケロッグ博士はその後も研究を重ねて、シリアルの原料として、トウモロコシが最適であることを突き止めました。

こうして、トウモロコシを原料としたシリアル、「コーンフレーク」が誕生しました。

しかし、ある時期を境にして、ケロッグ兄弟は対立してしまいます。

兄弟の争点は、コーンフレークに砂糖を添加するかしないかでした。ケロッグ博士が、砂糖の添加は性欲を増長させると猛反発したことがきっかけでした。

そこでウィルは、ケロッグ博士の出張中に株を買い占めて自身が代表取締役になり、ケロッグ博士と袂を分かちました。

1922年に、ウィルは自分のサインをロゴタイプにした「ケロッグ・カンパニー」に社名を変更しました。

ケロッグ社のロゴ
出典:Wikipedia

シリアルというお手軽な朝食が、世界中の朝の食卓に並ぶようになるまで、さして時間はかかりませんでした。

1923年に、食品業界で初の栄養士、メアリー・バーバー氏を雇い、健康的な食事の大切さをアピールすることに成功しました。

こうした大々的な宣伝が功を奏して、シリアルフードは現在、世界19ヵ国で製造され、150以上もの国々で販売されています。シリアルフードの売り上げは、年間で90億ドルを売り上げる人気商品になりました。

鉄分、各種ビタミンを豊富に含み、ミルクとも相性の良い朝食用シリアルは、すべて食べ残しから始まったのです。

日本でのシリアルの普及

1962年に、「日本ケロッグ」が設立され、翌1963年に「コーンフレーク」と砂糖でシリアルをコーティングした「コーンフロスト」の2製品が販売されました。

ケロッグ コーンフロスト
出典:kelloggs.jp

その後も、続々とシリアル製品が販売され、日本でもシリアルが普及していきました。

ケロッグコーンフレークのCM

ここでは、1990年代に日本のテレビ局で放送されたケロッグ・コーポレーションのコマーシャルをご覧頂けます。

ケロッグ コーンフレーク

ケロッグ コンボ

ケロッグ コーンフロスティ

ケロッグ博士が取得した特許品

ケロッグ博士は、様々な食べ物や健康関連の品物で30以上の特許を取得しています。たとえば、ピーナツバター、メントール吸入器、電気毛布などです。

ケロッグ経営大学院

ケロッグ経営大学院とは、アメリカ合衆国イリノイ州にある、世界的な評価を受けるビジネススクールです。

元々は経営大学院という名称でしたが、1979年にジョン・ハーヴェイ・ケロッグの基金から1,000万ドルもの寄附を受け、同年に「ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ経営大学院」に名称を改めました。2001年には名称が短縮され、ケロッグ経営大学院になりました。

ケロッグ経営大学院は、シンガーソングライターの小椋佳や日本コカ・コーラ社長のダニエル・セイヤ―など、数々の著名人や企業家を輩出しています。

ケロッグ博士にまつわる逸話

1900年初頭、アメリカを中心に「結腸クリーニング」治療が流行した際、ケロッグ博士は最新の浣腸機に夢中になりました。

ケロッグ博士が実践していた結腸クリーニング治療は、以下のようなものでした。

大量の水(湯舟一杯分)を注入できる浣腸機を使い、患者の大腸を数秒で洗い流しました。その後にヨーグルトを半分食べさせ、さらに次の浣腸をおこなった後で、残り半分のヨーグルトを食べさせるというものでした。

ケロッグ博士は、浣腸することで体の中がよく働き、清潔になると信じていました。

ケロッグ博士を題材にした映画

1994年に『ケロッグ博士(原題:The Road to Wellville)』という邦題で、監督・脚本アラン・パーカー、主演アンソニー・ホプキンスによって映画化されました。

映画「ケロッグ博士」
出典:amazon.co.jp

-あらすじ-

1907年。ミシガン州バトルクリークに、コーンフレークの発明者として名高い(アンソニー・ホプキンス演じる)ケロッグ博士の療養施設がありました。

菜食主義と禁欲生活こそ長寿の秘訣だと訴えるケロッグ博士を妄信する(ブリジット・フォンダ演じる)妻エレノアに連れられて、(マシュー・ブロデリック演じる)夫ウィル・ライトボディもこの療養施設に入院する羽目になりました。

ウィルは家に帰ろうとエレノアに頼みますが、聞き入れてもらえません。満足な食事を取ることさえできないウィルは、次第に苛立ちを覚えていきます。

ケロッグ博士の実話にもとづいた、奇妙な健康法に取り憑かれた人々を描くブラック・コメディです。

ケロッグ博士の言葉

そもそもこの新しい食品(シリアル)は、弟の食べ残しから生まれたといってもいいだろう。医者の見地からしても、それは栄養分のある軽食として、誰もが好き嫌いなく食すことができるだろう。( ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ )」

文典:ベン・イケンソン(著)村井理子(訳)「こうして特許製品は誕生した!」<二見書房>

[参考書籍]

1)ベン・イケンソン(著)村井理子(訳)「こうして特許製品は誕生した!」<二見書房>

2)ジョン タウンゼンド(著)吉井 知代子(訳)「科学者たちの挑戦 ― 失敗を重ねて成功したウソのようなホントの科学のはなし」<ゆまに書房>