「桃屋」のロゴ・ロゴマークの変遷

大ヒット商品「ごはんですよ!」や「辛そうで辛くない少し辛いラー油」でお馴染みの「桃屋」のロゴ・ロゴマークの変遷について解説します。

桃屋とロゴ(Ⅰ)-社名の由来-

桃屋の創業者、公出孝男(こいでたかお)は、上海に留学して商業を学んでいた17歳の頃に、桃にまつわる中国の様々な故事(※)を学びました。

中国では古来、桃は吉兆であり、長寿のシンボルとして珍重されてきた果物だったのです。

※)例えば、清の時代に絶大な権力を振るっていた西太后(せいたいごう)は、長寿を願って、城の庭に桃を植えさせたり、身の回りの器物に桃をあしらったという史実があります。

やがて日本に帰国した孝男は、1920年に野菜や果物のびん詰・缶詰の事業、「桃屋商店」を創業しました。

桃屋商店の花らっきょう
出典:momoya.co.jp

桃屋商店の鯛みそ
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この時、孝男は中国で学んだ故事を活かすことにしました。

「吉兆を射る」という事業発展の願いと、「桃を消費者に見立てて、その心を捉える」という2つの意味を込めて、「桃」と「矢」をあしらったロゴマークを作ることを決意したのです。

桃屋とロゴ(Ⅱ)-ロゴの変遷-

初代ロゴ

桃屋の初代ロゴは、孝男が知り合いの美術講師であった田能頓(たのむら)に依頼してデザインさせたものでした。

桃屋(桃屋商店)の初代ロゴ

桃屋は、白桃や枇杷(ビワ)といったフルーツの缶詰が好調となり、「盆暮れのフルーツは桃屋」と評判をとるまでに成長していきました。

桃屋商店の白桃缶詰
出典:momoya.co.jp

白桃缶詰の広告
出典:
dokosorashinbun.blog.fc2.com

桃屋商店の枇杷缶詰
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2代目ロゴ

フルーツ缶詰の扱い高で業界トップに昇りつめた1935年に、2代目のロゴが登場しました。創業から、じつに15年後のことでした。

桃屋(桃屋商店)の2代目ロゴ

3代目ロゴ

1950年に、3代目のロゴが登場しました。

桃屋の3代目ロゴ

2代目と比べると、桃がデフォルメされて、デザインがより洗練されています。この年は、桃屋にとって大きな転機となりました。

「やがて大量のフルーツの缶詰が、海外から低価格で輸入される時がくる」と時代の変化を予測した孝男は、看板商品の1つだったフルーツの缶詰から撤退を決意します。

フルーツの缶詰から撤退する代わりに、欧米にはない日本独自の商品を作ろうと考え、同年にのりの佃煮「江戸むらさき」を販売しました。この大きな決断が功を奏し、桃屋の売り上げは倍増しました。

桃屋の江戸むらさき
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江戸むらさきの広告(販売当時)
出典:
dokosorashinbun.blog.fc2.com

また、この年に社名を、創業時の「桃屋商店」から第二次世界大戦中の「東興食品合同株式会社」、戦後の「桃屋食品工業」を経て、現在に続く「株式会社桃屋」に改称しました。

1958年になると、三木のり平扮するアニメキャラとナレーションで有名な桃屋のコマーシャル(CM)が放映され、のちにテレビ界の最長寿CMとして、様々な広告賞を受賞することになりました。

4代目ロゴ

1960年に、4代目ロゴが登場しました。この年は、テレビのカラー放送が開始された年でありました。

桃屋の4代目ロゴ

5代目ロゴ

1963年に、5代目のロゴが登場して、現在まで続いています。

桃屋の5代目ロゴ

桃屋とロゴ(Ⅲ)-大ヒット商品の誕生-

1973年には、同社を代表するロングセラー商品「ごはんですよ!」が販売されました。

桃屋のごはんですよ!
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2009年には、日本中に「食べるラー油」ブームを巻き起こした「辛そうで辛くない少し辛いラー油」が販売されました。

桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油
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同商品は、1990年代後半に、商品の開発担当者が出張先の中国・四川省で、飲食店の卓上に置かれたラー油に目を止めたことが開発のきっかけになりました。

桃屋は、創業以来最大のヒット商品を生み出しただけでなく、「食べる調味料」という新たなマーケットの開拓にも成功したのです。

桃屋は今後も、「桃」と「矢」に込めた願い通り、美味しさの詰まった商品でわたしたちの心を捉えて離さないことでしょう。

[参考書籍]

1)本間之英「図解 誰かに話したくなる社名・ロゴマークの秘密」<GAKKEN>

2)成美堂編集部編「日本のロゴ シンボルマークとしての由来と変遷」<成美堂出版>